そもそも「食育」という言葉は、決して新しい言葉ではありません。 例えば、明治時代の村井弦斉による『食道楽』という新聞小説の中に、「食育」という言葉が登場しています。ここでは、「小児には、徳育よりも智育よりも、体育よりも、食育が先。体育、徳育の根源も食育にある」と書かれています。体も心も食べることで育まれるということが、この頃すでにいわれていたのです。しかし、この「食育」という言葉は定着しませんでしたが、1990年代に入ると、食に関心のある人々がこの言葉を使用することが増え、現在では食生活の問題が多く生じてきたため、食育が求められるようになりました。
「食育」とは、2005年に成立した食育基本法において、「生きるための基本的な知識であり、知識の教育、道徳教育、体育教育の基礎となるべきもの」と位置づけられています。単なる料理教育ではなく、生涯を通じた健全な食生活の実現、食に対する心構えや栄養学、伝統的な食文化などについての総合的な教育のことです。
つまり、「これを食べなさい」、「このように食べなさい」というものではなく、様々な経験を通じて、一人一人が食べることを大切にでき、自ら望ましい食生活を考える習慣や食に関する様々な知識、食を選択する判断力を身に付け、それを実現できる人間を育てることを目的としています。それが結果として、食事を通じて健康な体づくりと維持、生活の質(QOL)の向上につながるといえます。
近年、国をはじめ社会の様々なところで食育が注目されています。食育は、自らありたい姿をめざし、個人や集団で学ぶものであり、食育を実践する場合は、食事と食生活を正しく理解できる知識とスキルを身につけ、それを実現できる「食の環境」をつくりあげることが大切です。
現在、食をめぐる問題には次のようなものがあるとされています。
食べ物そのもの、食べ物の作り手、お店の人、料理を作ってくれた人、そして自分がそれを食べられることなど全てを含めた食べ物に対する感謝の気持ちを持たない人が増えています。
その結果、日本の食品ロス量は643万トンにおよびます。
日本の食文化は、正月や各節句の時にお祝いする行事食としての食文化と、各地で採れる食材を使って昔から受け継がれている地方での独特の食べ物・食べ方の食文化があります。しかし、技術の発達とともに冷凍・冷蔵など様々な保存が可能となり、世界中、日本中どこからでも色々な食べ物が運ばれてくる現在、これらの日本人の知恵が凝集した伝統食が失われつつあります。
日本では昔から主食(ご飯)を中心とした食生活が行われてきましたが、戦後、食生活の洋風化が急速に進み、主菜(おかず)の割合が増え、中でも特に畜産物(肉、乳製品、卵など)や油脂の消費が増えてきました。それにより、主食である米などの穀類に多く含まれる炭水化物の消費が減少する一方で、脂質の摂取が増加してきました。
20歳代の朝食を欠食する割合が増えています。また、塾通いやテレビの深夜番組などの影響により夜遅くまで起きているようになった結果、朝食を欠食する小・中学生も増加傾向にあります。
30~60歳代の男性の3割が肥満者となっています。糖尿病については、「強く疑われる人」、「可能性が否定できない人」が増加傾向にあります。
高血糖、高血圧、高脂血、内臓脂肪型肥満などは別々に進行するのではなく、「1つの氷山(メタボリックシンドローム)から水面上に出たいくつかの山」のような状態であり、根本的には食生活の改善が必要とされています。
特に、20~39歳の若い女性のやせの割合が増えています。
食料自給率は、その国で消費される食料がどのくらい国内で生産されているか(自給の度合い)を示す指標です。日本の食料自給率は、昭和40年度には73%でしたが、その後減少し、平成30年は37%となっています。日本人の食べ物の63%は輸入品ということになり、主な先進国と比べても、我が国の食料自給率は主要な先進国の中で最低水準となっています。
昨今の*BSEや豚インフルエンザ、輸入野菜の残留農薬、食品の偽装表示の問題など、食の安全や安心を揺るがす出来事が相次いだことから、食の安全・安心への関心が高まっています。
*BSE(牛海綿状脳症)
狂牛病とも呼ばれ、牛の脳の中に空洞ができ、スポンジ(海綿)状になる病気。
これら「食」にまつわる問題は、必ずしも1分1秒を争うものばかりではありませんが、このままだと将来「食」の問題がさらに多く、複雑になる可能性があります。一人一人が意識し、実践して、社会全体で食育が推進されることが必要なのです。
日本では「食育基本法」、「食育推進基本計画」を施行し、食育を国民運動として推進していくことを明らかにしています。「食」に関する知識と選択する力を持ち、健全な食生活の実践を図る事が必要です。
食育はさまざまな人に、さまざまな場面で、さまざまな目的で行われる、幅広い教育であるといえます。
食育というと子どもへの教育が思い浮かぶ方も多いと思いますが、子どもに教えるものだけではありません。
これらは全て「食育」です。
食育は学校で授業形式で行われるものや家庭科の調理実習、給食の時間など学校だけで行われるものではありません。家庭の食卓でのしつけ、食育をテーマにした料理教室、食育に関するセミナーや講演会、食に関するイベントや農場訪問など学校以外の場面でも行われます。
食育にはさまざまな目的が考えられます。例えば…
など、多岐に分かれています。
私達が「いただきます」と口に運ぶ食べ物は、どこから来て、どこへ行くのでしょう?
食べ物は自然環境の中で生産され、移動し(流通)、販売、調理されて食べられます。一方、私達の食べるという行動は様々な心理的、環境的影響を受けています。そして、私達は自然環境に働きかけて食物を生産、流通、入手、調理、廃棄し、食べて、心身をつくり、次の生産活動で自然に働きかけるという循環性をもっています。
つまり、食べるということは、単に個人の中で完結されてしまうのではなく、地域や環境も含めた様々なつながりと広がりをもった行動なのです。